こんにちは。
「アラ還個人事業主のほぼ引きこもり日記」の雅栄(がえい)です。
2025年6月。
私は、少しばかり勇気を振り絞って、ブログという海へもう一度、小舟を出しました。
正直に言えば、期待よりも不安のほうが大きかったのです。
「この代わり映えのしない毎日を、わざわざ読む人がいるのだろうか」と、出航前から救命胴衣を握りしめるような気分でした。
けれど、書き続けるうちに、思いもよらない発見がありました。
どうやら私は、自分のことをずいぶんと過小評価していたらしいのです。
押し入れの奥にしまっていた性格
私は長い間、人見知りや不器用さを「できれば人に見せたくない欠点」だと思っていました。
できることなら、押し入れの奥にしまって、二度と取り出さないで済ませたい――そんな存在です。
ところが、記事のネタを探して過去を掘り返してみると、その“欠点”たちは意外な顔を見せました。
あのときの失敗。
あのときの空回り。
あのときの、妙に大げさな落ち込み。
書いているうちに、少し離れた場所からその場面を眺めている自分がいるのです。
「ああ、あれはあれで、なかなか味のある場面だったな」
そう思えた瞬間、押し入れの奥にあったはずのガラクタが、急に古道具屋の掘り出し物のように見えてきました。
AIという、不思議な鏡
このブログには、頼もしい相棒がいます。
生成AIという、無口で気の利く編集者です。
私の拙い文章を整え、少しだけ背筋を伸ばしてくれる。
それを読み返すと、まるで他人の物語を読んでいるような気分になります。
「へぇ、この男、意外と粘り強いじゃないか」
「なるほど、ずいぶん遠回りしているが、悪くない歩き方だ」
不思議なことに、AIという鏡を通すと、自分の短所が“癖のある個性”に変わって見えるのです。
もちろん現実の私は、相変わらず優柔不断で、気分屋で、締切ぎりぎりまで動かない男です。
けれど、物語の中の私は、少しだけ面白い。
それだけで、鏡の中の男を前より嫌いではなくなりました。
コメント欄のない、静かな拍手
このブログにはコメント欄がありません。
知らない人と真正面から向き合うのは、まだ少し勇気が足りないのです。
その代わり、数字があります。
何人が読んでくれたのか。
どの記事が長く滞在してもらえたのか。
無機質な数字なのに、ときどきそれが、控えめな拍手のように感じられます。
誰かが、ほんの数分でも、私の言葉と時間を共有してくれた。
それだけで、十分すぎるほどありがたいのです。
🔑 完璧ではない男と、これからも
私は成功譚の主人公ではありません。
華々しい経歴もありません。
けれど、遠回りだらけのこの歩みも、どうやら無駄ではなかったらしい。
そう思えるようになったことが、いちばんの収穫かもしれません。
ブログは、他人に向けて書いているようで、実は自分への手紙なのだと、最近ようやく気づきました。
「こんな私でも、何とか今日も生きている。」
鏡の中の男は、まだ頼りない。
それでも、以前よりは少しだけ、胸を張っています。
この小さな航海は、まだ始まったばかりです。
ゆっくりと、波に揺られながら、もう少しだけ進んでみようと思います。

