こんにちは。
優しい光が差し込む部屋で、若き日の青い失敗を懐かしく振り返っている、雅栄(がえい)です。
前回の記事では、コロナ禍という嵐の中で一度は手放しかけた「起業への情熱」について、少し熱く語らせていただきました。お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
さて、今日はガラリと趣向を変えまして、私のサラリーマン時代の「しくじり」を白日の下に晒してみたいと思います。題して、雅栄の「しくじり列伝」。 記念すべき第1回は、私がまだ30代前半だった頃の、ある苦くて恥ずかしい記憶です。
徹夜の果ての自信作。「俺の時代が来た」と確信していたあの日
あれは中途入社して数年が経ち、仕事の全体像が見え始めてきた頃のことです。「そろそろ組織に目に見える貢献をしたい!」と、当時の私は若気のリビドーというか、青臭い情熱にめらめらと燃えていました。
そんな折、私に新しい社員研修プログラムの企画という、初めての大役が回ってきたのです。 「ここで一発、爪痕を残してやる」
そう意気込んだ私は、連日夜遅くまでオフィスに残り、自分なりに顧客のニーズを分析し、競合の事例を調べ、文字通り寝食を忘れて渾身の企画書を作り上げました。完成したときには「完璧だ。これで会社が変わるかもしれない」と本気で悦に入っていたものです。
数日後、いよいよ上司へのプレゼンの日。 私は意気揚々と、仕上がったばかりの分厚い企画書を差し出しました。上司は無言でページをめくり、時折、眉間に深いシワを寄せながら読み進めていきます。私の心臓はバクバク。「お前、よくやった!」と肩を叩かれるか、それともいくつかスマートな修正が入る程度だろうか――そんな甘い未来予想図を描いていました。
数分が経ち、上司は静かに企画書を閉じると、私の目をじっと見つめました。 そして、放たれた言葉は、私の想定をはるかに超越した切れ味を持っていたのです。
「……これ、小学生の作文か?」
情熱という名の「独りよがり」に足りなかったもの
「小学生の作文」――。 その破壊力抜群のフレーズに、私の頭は一瞬で真っ白になりました。徹夜を重ねて書き上げた、自分にとっての「最高傑作」が、まさかの作文レベル。顔から火が出るどころか、全身の血の気が引いていくのが分かりました。
言葉を失う私に、上司は淡々と、しかし本質を突いたフィードバックを続けました。
「『こんなことをやりたい』という想いや情熱はよく伝わる。だが、それを裏付ける具体的なデータも、市場の根拠も、実現するためのコスト計算も皆無だ。これでは、ただの思いつきを綺麗に羅列しただけに過ぎないんだよ」
ぐうの音も出ないとは、まさにこのことです。 当時の私は、「こんな研修があればきっと楽しい」「みんな喜んでくれるはずだ」という、自分の脳内にある綺麗で漠然としたイメージだけで突っ走っていました。ビジネスにおいて最も重要な「相手(顧客や会社)を納得させ、動かすためのロジック」が、完全に抜け落ちていたのです。
「想いがあれば、きっと伝わる」 そう本気で信じていた私は、その日、ビジネスという世界の本当の厳しさと甘美さを知りました。どんなに素晴らしいアイデアであっても、客観的な数値や根拠という「説得力」の骨組みがなければ、ただの絵空事で終わってしまうのだと。
あの日の「作文」が、今の私の背骨になった
いやはや、振り返ってみても、あの頃の私は本当に青く、そして生意気でした(遠い目)。 しかし、あの夜に「小学生の作文か!」という強烈な洗礼を喰らったからこそ、私の仕事観はガラリと変わりました。
それ以来、私は企画を立てる際、これでもかというほど徹底的にリサーチを重ね、数字的な裏付けを固めることを己の鉄則としたのです。そしてその習慣は、組織を離れて個人事業主となった今も、私のビジネスを支える強固な背骨となっています。あの時、逃げずに叱ってくれた上司には、今では心から感謝しています。
人間、痛い目を見ないと学べない生き物ですね(笑)。でも、そんなしくじりのひとつひとつが、今の私を作ってくれたのだと思います。
次回は、そんな私の日々の独り仕事を支える「ワークBGM」について、少し変わった活用術とこだわりの名盤たちをご紹介したいと思います。
さて、皆さんの仕事の引き出しにも、今思えば赤面してしまうような、忘れられない「若き日のしくじり」は眠っていませんか?
