皆さん、こんにちは。雅栄(がえい)です。
前回の記事では、私が59歳で設立を目指す合同会社の事業内容についてお話ししました。社員研修の企画開発・提案営業と、研修講師養成ビジネスの、二本柱です。
その事業の中心にあるのは、人見知り・コミュ障でありながら、営業や講師の仕事をしてきた自分自身の経験です。「そんな人が社長になるの?」と、意外に思われるかもしれませんね。今日は、私の人見知り・コミュ障という特性が、人間関係、そして今の私の生き様にどう影響してきたのか——そのリアルな道のりをお話しします。
「自信のなさ」が人見知りを加速させた
私が人見知り・コミュ障になった大きな原因の一つは、若き日の「自信のなさ」だったと、今になって痛感しています。
自分の魅力や能力、価値が分からない。長所や強みが見つけられない。自分に満足できず、自分にOKを出せない。自分を信じられず、そもそも自分自身が好きになれない——。こうした自己評価の低さが、対人関係に大きな壁を作っていました。
不思議なもので、この自信のなさは、相手にも伝わってしまうのです。すると、私をネチネチ攻めてくる人、マウントを取ってくる人、馬鹿にし、下に見てくる人が、残念ながら現れてきました。当時の私には、そうした相手から自分を守る術もなく、人間関係の苦しみは深まるばかりでした。
「場数を踏む」ことで得た変化と自信
しかし、人生の転機は、思いがけない形で訪れました。私はひょんなことから、営業職、そして社員研修の講師という、まさに人と深く関わり、話すことが求められる仕事に就くことになったのです。人見知り・コミュ障の私にとって、それは拷問にも等しい経験でした。
それでも、辞めるわけにはいきません。お客様に商品を売る、大勢の受講者の前で伝える——苦しみながらも、強制的に「場数を踏む」日々が続きました。
すると不思議なもので、その中で少しずつ、変化が訪れたのです。自分の弱みを受け入れ、それを逆手に取る工夫をするうちに、わずかずつですが、自信が芽生えてきました。そして、自信のある態度で人と接するほど、私を舐めたり、馬鹿にしたり、下に見たりする人が、みるみる減っていったのです。
この経験を通じて、私は一つの大きな気づきを得ました。かつて私を苦しめていた人間関係の悪化は、他者のせいではなく、私自身の「自信のなさ」が生み出していたのだ——と。そう心から理解し、納得できるようになったのです。
「優しい爺さん」が目指す人間関係
これからは、この人見知り・コミュ障の経験から得た学びを活かして、謙虚さ、優しさ、穏やかさに、さらに磨きをかけていきたいと考えています。実は短気な一面もある私ですが、意識してこうした長所を伸ばし、より良い人間関係の中で仕事をしていきたいのです。
合同会社を設立し、社長となる日も近づいています。けれど私が目指すのは、決して偉そうに振る舞う社長ではありません。自分の経験が誰かの役に立ち、共感を生むことで、自然と良い関係が築かれていく——そんな、「優しい爺さん」のような社長でありたいと願っています。
人見知り・コミュ障でも、知識を蓄え、場数を踏めば、ビジネスを立ち上げ、講師として稼げるようになる。そんな私の生き様を、このブログで発信し続けることで、かつての私のように悩む人たちに、少しでも勇気を届けられたら——これほど嬉しいことはありません。
それでは、また次回の記事で。
