こんにちは。
「アラ還個人事業主のほぼ引きこもり日記」を書いている、雅栄(がえい)です。
アラ還ともなると、人生について考える時間が、否が応でも増えてきます。
特に、私のように寄り道と回り道ばかりしてきた人間は、つい立ち止まってしまう。
――幸せって、いったい何だろう?
そんな問いが、頭の中をぐるぐる回ります。
豪華な家。
十分すぎる収入。
誰もが知る成功。
どれも、たしかに「幸せ」と呼ばれるものなのでしょう。
でも、どうも私の人生とは、少し噛み合わない。
では、私はどこで、何を幸せだと感じて生きているのか。
今日はそんな、とても地味で、でも確かな幸福の話をしたいと思います。
■ 私の幸福を支えている、四つの柱
私なりに整理してみると、幸せを形作っているものは、意外とシンプルでした。
- お金
- 健康
- 自由
- 心の平穏
この四つが、派手さはなくても、ほどよく揃っている状態。
それが、今の私にとっての「ちょうどいい幸福」です。
■ お金――どん底を見た人間にしか見えない景色
昔の私は、お金の扱いが本当に下手でした。
今思えば、「馬鹿みたい」という言葉が、いちばん正確です。
借金を重ね、逃げ場がなくなり、人生の底に転がり落ちた。
あの経験があったからこそ、お金の怖さと、大切さを、骨身に染みて知りました。
だから今でも、資産形成はきちんと考えます。
将来の安心には、やはりお金が必要ですから。
ただし――
お金がすべてではない、ということも、同時に知りました。
月12〜15万円支出固定。
この自分ルールがあるだけで、私はずいぶん楽になりました。
お金と、ほどよい距離を保てている。
それもまた、立派な幸せの一つです。
■ 健康と自由――組織を離れて、ようやく呼吸ができた
アラ還になれば、体は正直です。
血圧160/100超え。
「これは治療ですね」と言われたとき、妙に冷静な自分がいました。
でも、断酒を始めてから、体も心も、驚くほど静かになりました。
朝、目が覚めて、「今日は大丈夫そうだ」と思える。
それだけで、一日が少し明るくなります。
サラリーマン時代、私は時間と心を、常に誰かに預けていました。
個人事業主になって手に入れたのは、収入よりも――
時間と、心の自由だった気がします。
何時に起き、いつ働くかを、自分で決められる。
この自由は、思っていた以上に、人生を穏やかにしてくれました。
■ 心の平穏――本当に困ったとき、救いは現れる
そして、いちばん大切なのが、心の平穏です。
借金。
メンタル不調。
夜逃げ。
今こうして文字にすると、少し笑ってしまいますが、
当時は本気で、「もう終わった」と思っていました。
それでも――
不思議なことに、本当に困り切ったとき、救いは現れました。
夜逃げ直後、事故を起こした相手の、信じられないほどの優しさ。
新幹線ホームのベンチで、見知らぬ女の子がくれた、一粒のキャンディー。
「ああ、神様って、人の姿をしていることがあるんだな」
そんなことを、本気で思ったのです。
心は、いつも同じ場所に留まってはくれません。
上がったり、下がったり、移ろっていく。
それを無理に止めようとしない。
諸行無常という考え方は、私の心を、ずいぶん楽にしてくれました。
■ 「なんとなく」でいいじゃないか、という自己受容
私は今でも、人見知りで、コミュ障で、怠け者です。
先延ばし癖も、たぶん一生治りません。
でも、こう思えるようになりました。
――それでも、ここまで生きてこられたじゃないか。
収入はある。
健康も、まずまず。
自由もある。
法人化という夢まで、ちゃっかり持っている。
「これに、何の文句があるものか」
完璧じゃなくていい。
なんとなく、でいい。
過去はあれで良かった。
今は、これでいい。
先は、きっと、もう少し良くなる。
そう思えるようになったこと自体が、
私にとっては、何よりの幸福でした。
「こんな私でも、何とか今日も生きている。」
派手な成功はありません。
でも、ダメな自分を許し、
静かな平穏に感謝できる毎日がある。
それこそが、
私が辿り着いた、いちばん確かな幸せなのだと思います。

