こんにちは。
「アラ還個人事業主のほぼ引きこもり日記」を書いている、雅栄(がえい)です。
「ほぼ引きこもり」と聞くと、ずいぶん気楽で自由な生活を想像されるかもしれません。
確かに、満員電車も上司の顔色もうかがわなくていい。
けれど実際にやってみると、この生活、なかなか手強いのです。
気を抜くと、時間は音もなく溶けていきます。
気づけば一日が終わり、何をしていたのか思い出せない――
そんなことが、簡単に起こります。
そこで必要になるのが、「ルーティン」という名の、細くて頼りない鎖。
今回は、私が日々こっそり守っている、奇妙でささやかな時間割をお話ししようと思います。
朝の静けさと、外界への小さな偵察
平日は朝五時半。
目覚まし時計よりも、「そろそろ起きないとまずいぞ」という義務感に背中を押されて起きます。
シャワーを浴び、身支度を整える。
引きこもりなのに、なぜかここだけは手を抜きません。
自分に向かって、「はい、一日開始」と合図を送るためです。
その後は、往復三十分ほどの散歩へ。
これは運動というより、私にとっては外界への偵察です。
沢端川のせせらぎ、お寺の境内の静けさ。
登校途中の小学生たちを見かけると、
「今日も世界はちゃんと回っているな」と、親戚のおじさんのような気分になります。
朝食は抜いているので、お腹は少し空いています。
でもその空腹が、かえって頭を冴えさせてくれるのだから不思議なものです。
「仕事」と「サボり」を分ける、一本の線
帰宅後、八時半。遅くとも九時。
パソコンの前に座り、ジャズピアノのBGMを流します。
これが私の「仕事モード」のスイッチ。
社員研修の企画や、ブログの執筆。
「午前中だけは、真面目な人間でいる」
そう決めておかないと、先延ばし癖という名の怪物が、すぐに現れるからです。
「あれは午後でいいんじゃない?」
「今日はもう頑張ったよね?」
そんな甘い囁きに負けないための、時間の結界です。
昼までに仕事が終われば、午後は完全に自由。
YouTubeを眺め、読書をし、カフェインレスコーヒーを飲む。
この堂々としたサボり時間があるからこそ、午前中も踏ん張れるのです。
大黒様と整腸剤――心と体の点検時間
夜は、母の手料理をいただきます。
これはもう、感謝しかありません。
就寝は二十時から二十一時。
八時間から九時間は眠るようにしています。
もっとも最近は、夜中にトイレで起こされるという、年齢からの通知が届き始めましたが……。
私の生活を支えているのは、行動のルーティンだけではありません。
本棚の上にある、小さな「聖域」。
大黒様やスピリチュアルな小物を磨き、感謝を伝える時間は、
私にとって心の洗濯のようなものです。
気持ちがモヤモヤしたときは、無理に答えを出しません。
目を閉じて、ただ待つ。
「どうせ感情なんて、そのうち通り過ぎる」
そう思えるようになったのは、歳を重ねたおかげかもしれません。
整腸剤やローヤルゼリーを飲むのも、
「まあ、なんとなく良い方向へ行くだろう」という、ささやかな願掛けです。
🔑 完璧を目指さない、という掟
私のルーティンは、決して立派なものではありません。
毎日きっちり守れるわけでもない。
人見知りで、コミュ障で、怠け者。
そんな自分を、無理やり引っ張るのではなく、
そっと転ばないように支える――
それくらいが、ちょうどいいのです。
「こんな私でも、何とか今日も生きている。」
もしあなたが、日々のリズムを失いかけているなら、
まずは「朝、窓を開ける」だけでもいい。
小さな儀式が、案外、快適な環境を整えてくれるかもしれません。

