人見知りでコミュ障の私が営業と講師を続けられた理由

働き方
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皆さん、こんにちは。雅栄(がえい)です。

このブログでは、健康やAI活用、あるいは「言語化」の大切さなど、内面や仕事にまつわるさまざまなテーマを取り上げてきました。今日は、私という人間の根っこにある「人見知り」と「コミュ障」——その特性が、長年続けてきた営業や研修講師の仕事とどう結びついてきたのか、いわば“舞台裏”をお話ししたいと思います。

「人見知り・コミュ障」なのに、なぜ営業・講師に?

我ながら、不思議に思うことがあります。私は生来の人見知りで、自他ともに認めるコミュ障です。それなのに、大学を卒業してから長年、営業職としてお客様と直接向き合い、あまつさえ大勢の前で話す研修講師まで務めてきました。

最初の会社にいた20代の頃は、この性格が災いして、上司や先輩からの受けがとにかく悪かったんです。「いつも白けているやつだ」「面白みがない」「何を考えているのか分からない」——飲みの席で面と向かって言われたり、陰口を耳にしたりと、散々でした。当時は本当に辛く、心を病んで、夜逃げ同然に逃げ出すような経験までしています。

それでも、なぜ「人に会う」「人前で話す」仕事を選び、続けてこられたのか。思い返せば、役目柄、大勢の社員の前で挨拶する機会が時折あり、自分でも驚くほどトークで爆笑の渦を巻き起こすことがありました。あのときの感覚が、もしかすると今の研修講師業にも活きているのかもしれません。

場数を踏んで見えてきた「自分らしさ」

2社目の会社に移ってからも、人見知り・コミュ障という根っこの性格は変わりませんでした。けれど、年を重ね、仕事の場数を踏むごとに、その特性との向き合い方は少しずつ変わっていったように思います。

若い頃は、人見知りを隠そうとしたり、無理に明るく振る舞おうとしては疲れてしまう——その繰り返しでした。それが、経験を積むうちに、自分の特性をありのままに受け入れられるようになったのです。

営業では、「押しの営業」よりも「引きの営業」が自分に合っていると気づきました。お客様の要望に寄り添い、できないことは正直にできないと伝え、メリットとデメリットの両方を話す。しつこくせず、ガツガツしない。そうしたスタイルが、かえって好印象につながり、信頼を得られることもあると学びました。

研修講師としても、「人見知り講師の舞台裏」というユニークな視点を差し出すことで、受講者の共感を得られたり、「この人でもできるのだから、私にもできるかもしれない」という小さなヒントを渡せるのではないか——そう考えるようになりました。

54歳のときに社長へ直談判して退社し、個人事業主として業務委託契約を結べたのも、若い頃に人間関係で苦労し、場数を踏んだことで、いくらか“図々しさ”が身についたからかもしれません。

「ダメなところ」が強みになる

私が人生から学んだ大きな教訓の一つに、「ダメなところにこそ、実は強みが隠されている」という言葉があります。あわせて、こんな考え方も大切にしています。世の中は、自分のダメなところ、できないことを、誰かが代わりにやってくれている。だからこそ、誰かのダメなところ、その人にできないことで、自分が代わりにやれることはやればいい——。ジョージア缶コーヒーのCMキャッチコピー「世界は誰かの仕事でできている」が大好きなのも、まさにこの思いに通じています。

人見知りやコミュ障という「弱み」は、裏を返せば、相手の話をじっくり聞く傾聴力や、自分を無理に飾らない誠実さにつながっているのかもしれません。それが、お客様や受講者の皆さんに私の「自分らしさ」として伝わっているなら、これほど嬉しいことはありません。

私はこれからも、この「人見知り・コミュ障」という自分らしさを活かしながら、私自身の“生き様”を綴っていきたいと思っています。

それでは、また次回の記事で。

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