皆さん、こんにちは。雅栄(がえい)です。
このブログでは、日常や目標、そして現実的な計画についてお話しすることが多いのですが、今日は少しだけ趣を変えて、私の人生に彩りを添えてくれた「不思議な体験」についてお話ししたいと思います。そうした体験が、私に「見えない世界」の存在を信じさせ、いかに人生を豊かにしてくれたか——そのあたりをお伝えできれば幸いです。
人生のどん底で出会った「キャンディ少女」
私の人生で、一番苦しかった時期があります。最初の会社を「夜逃げ」同然で辞めることになり、自分で自分を追い詰めて、心身ともに限界に達した頃のことでした。
紆余曲折を経て実家にたどり着き、しばらく静養したあと、正式に退職届を提出しました。それが受理された、その帰り道での出来事です。
新幹線ホームのベンチで、意気消沈して座っていた私。その隣に、いつの間にか、見知らぬ小学2〜3年生くらいの女の子が座っていました。彼女は私のほうに目を向けないまま、そっと右手を差し出してきます。手のひらには、個別包装のキャンディがいくつか。私は思わず手を出して受け取り、すぐに一つ、口に入れました。
それからしばらく、私たち二人は言葉を交わすことなく、キャンディを舐めながら線路を見つめていました。その時の彼女の横顔は、とても大人びていて、まるで神々しく見えたのです。ふと気づくと、女の子はいつの間にか、いなくなっていました。
私は今でも信じています。あの子の中には神か仏が宿っていて、どん底にいた私を癒やしに来てくれたのだ、と。この出来事は、人生のどん底にあった私の心に、大きな癒やしと救いをもたらしてくれました。
「困ったときこそ救いがある」~不思議な現象の数々
キャンディ少女との出会いは、私にとって、まさに不思議な体験でした。けれど私の人生には、ほかにも科学では説明のつかない出来事が、いくつかあったのです。
たとえば、今から10年ほど前——いや、もっと前かもしれません。サラリーマン稼業の2社目でのことです。仕事のプレッシャーに限界を感じた私は、会社から「プチ昼逃げ」をしてしまいました。携帯の電源を切り、自宅の最寄り駅までたどり着くと、駅前のホテルに泊まろうと決めたのです。会社から自宅へ連絡が入るのを恐れてのことでした。
フロントには、2人の男性スタッフ。「部屋は空いていますか?」と尋ねると、彼らは無言で、首を横に振るのです。お客に向かって、言葉もなく首を振るとは……。私は驚きつつ、ホテルを後にしました。
自宅への帰り道、あのホテルマンたちの不自然な振る舞いを、何度も思い返しました。あれは現実だったのか。だとしたら、あまりにもおかしい。もしかすると、神様やご先祖様が彼らに宿り、「ホテルに逃げ込むより、自宅で落ち着いて考えなさい」と、私に伝えてくれたのではないか——。そんな考えが頭をよぎりました(持ち前のスピリチュアル信仰が、顔をのぞかせたのです……)。
実際、その夜、私は自宅で心を落ち着かせ、翌日には会社へ連絡を入れました。数日の休みをもらって英気を養い、出社。朝礼で皆の前に立って謝罪し、仕事での挽回を誓うことで、もう一度前を向くことができたのでした。
あのとき、私を無言で導いてくれた2人のホテルマンには、今でも感謝しかありません。彼らが何者だったのかは分かりません。それでも、あの不思議な出来事が、私を正しい道へと導いてくれた——そう信じています。
こうした体験を通じて、私は「困ったときこそ救いがある」「世の中は不思議なことだらけ」だと信じるようになりました。人見知りでコミュ障の私でも、なぜか人に恵まれ、助けられてきたと感じています。
「見えない世界」が人生を豊かにする
私は、決してスピリチュアル一辺倒の人間ではありません。科学的に証明できないものを、何でも信じるタイプでもないのです。それでも、自分の身に不思議な体験が起こるたびに、この世界には、まだ私たちの理解を超えた何かがあるのではないか——そう感じるようになりました。
そうした「見えない世界」の存在を意識することで、私の人生観は、より深く、より豊かになった気がします。時おり訪れる困難も、「これにも何か意味があるのかもしれない」「この先に、良いことが待っているのかもしれない」と、前向きに受け止められるようになりました。
このブログで自分の「生き様」を語り、時にAIと対話するなかで、自己肯定感や自己受容が高まっているのも——もしかしたら、こうした「見えない力」に導かれているのかもしれませんね。
それでは、また次回の記事で。
