こんにちは。
優しい光が差し込む部屋で、過去の自分と静かに向き合っている、雅栄(がえい)です。
前回の記事で「59歳での合同会社設立」という、少し大それた夢を宣言させていただきました。読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
さて、今日のタイトルを見て「おや?」と思われた方も多いかもしれません。 「名ばかり個人事業主」――。 これは、現在の私の働き方を、私自身が少しの自嘲と、それ以上の危機感を込めて呼んでいる言葉です。今回は、恵まれた環境にいるはずの私が、なぜあえてその生ぬるい温室を飛び出そうとしているのか、その理由を正直にお話ししてみたいと思います。
組織の傘の元、「給料泥棒」だと自覚した会社員時代
私は約25年間、正社員として組織に身を置いていました。しかし、今だから告白できることですが、長年どこかで「自分は給料泥棒ではないか」という強い罪悪感を抱えていたのです。
会社の業績に思うような貢献ができず、自分の生み出す成果よりも、毎月振り込まれる給与の額の方が大きい状態。つまり「給与>成果」のバランスです。 会議の席で発言するたびに、周囲からの冷たい視線を感じ、社内での肩身の狭さに胸を痛める……。そんな時期が何年も続きました。
「このまま会社にしがみついていても、周囲に迷惑をかけるだけだ」 そう悟ったとき、私は長年慣れ親しんだ組織を去る決意を固めました。
会社員の延長線上にあった、個人事業主という「温室」
退職を決めてから実際に独立するまでの半年間、社長とは何度も膝を突き合わせて話し合いました。私の不器用な決断を汲み取ってくれた社長は、最終的に「業務委託契約」という、非常にありがたい提案をしてくださったのです。
それまで私が手がけていた社員研修カリキュラムの企画開発や講師業務を、そのまま個人事業主として引き受けさせてもらう。このおかげで、私は独立直後から生活の基盤を失わずに済みました。今でも社長には足を向けて寝られないほど感謝しています。
しかし、独立して数年が経ち、ふと冷静になったときに気がついたのです。 「これは、本当に独立起業と呼べるのだろうか?」と。
手がけている業務は会社員時代と同じ。顧客の多くも、前職のつながりや紹介。自分自身の力でゼロから新規開拓したわけではない。 形こそ「個人事業主」ですが、実質は会社員時代の延長線上にある安定に守られているだけではないか。その甘えを見つめ直すために、私は自分を「名ばかり個人事業主」と名付けることにしたのです。
モヤモヤを振り払い、本当の足で立ち上がるために
今の働き方が悪いわけではありません。収入は凸凹しながらも生活は安定しており、むしろ恵まれています。それでも、心の奥底にある「これでいいのか」というモヤモヤは消えませんでした。
守られた安全地帯のなかで、ぬくぬくと歳を重ねていくのか。それとも、人生の最終盤で、本当の意味で自分の力だけで立ってみせるのか。
だからこそ、私は決めました。 個人事業主となって丸5年が経過する2027年6月、この慣れ親しんだ業務委託契約をあえて解消します。そして翌7月、合同会社を立ち上げ、名実ともに「代表社員」として本当の荒波へ漕ぎ出す。この決意だけが、今の私を突き動かすエンジンです。
「名ばかり」からの脱却。それは私にとって、人生最後の、そして最大のターンアラウンド(逆転劇)になるはずです。 これから会社設立までの1年1ヶ月、その泥臭くもリアルな道のりを、このブログで皆さんと共有していきます。
次回は、私が日々引きこもって作戦を練っている「秘密の仕事場」を、少し面白おかしくご紹介しますね。どうぞお楽しみに!
さて、皆さんはこれまでの人生で「名ばかり」だと感じた瞬間や、そこから抜け出そうと決意した経験はありますか?
